今までの人生を振り返って、ナンパされたことなんかあったかなと考えてみると、驚くべきことに1度だけ奇跡がありました(笑)場所は東京の繁華街だったかと思いますが、そのときは友人の結婚式の帰りか何かで、かなり気合の入ったメイクと服装だったように記憶しています。薄いベージュのワンピースと大きめのカチューシャをつけて、フリフリしながら歩いていたような・・・。今思い出すだけでも恥ずかしいですが。若かったですからね。
普段声をかけられるようなタイプではなく、どちらかというと顔を下に向けて考え事をしながら歩くような女の子でした。暗いと言われつつもそれでいいと思っていましたし、特別男性との出会いを求めていたわけではなかったので、変わることはなかったのです。しかしその日は、いつになくおめかしをしたからなのか、なんとなく顔を上にあげて前を向いて歩きたくなったんですね。背筋をピンと伸ばして歩くと、なかなか気分がよろしいのです。
それもあって、顔が自然とほころんでいたんでしょう。向こうから歩いてくる男性とぱっと目が合いました。まったく知らない男性だったのですが、すれ違いざまに声を掛けられたんですね。一緒にお茶でもどうですか、と言われたのですが、初めてのことですし何が起こったのかまったくわからずに「申し訳ございませんっ!」と大声で叫んで走り去ってしまいました。
今思えばお茶ぐらいしておけば後々の人生に何か役に立ったかも・・・立つわけありませんね。その時声を掛けてきた男性は、当時の勤め先の常連さんだったということが後で発覚して、ちょっと面倒なことになりましたがそれはそれで今となっては笑い話です。しかし、今の若い人でもナンパなんてするのですね。草食系男子がどうと叫ばれて久しいですが、私のまわりにはかなり肉食恐竜が多いような気がします。草食って何の話?という感じですが・・・。
ひとつだけ言っておくと、女性がすきなのは生粋の草食系男子ではないのでご注意を。一見したところシマウマやゾウやウサギだったりするのですがその実本当はオオカミやライオンやチーターだった!というギャップが好きなのです。なのでいつまでも手を出さないでいると、ヤキモキして離れていかれることもあるみたいですよ。
経済ニュースなどを見ていると、NYダウのリアルタイムチャートやナスダック総合指数がグラフで出てきますよね。あれを見ていていつも思っていたんですが、いったいいつから始まったものなんでしょうか。株式自体、歴史的に見ればそんなに長いものでもないですよね。近代になって確立されたものだと記憶しています。それが世界に広まり、その日の取引の平均が出るまで、いったいどれくらいの年月がかかったんでしょうか。
この100年、驚くような進化のスピードだったと思います。株のチャートひとつを取ってもですが、先日私の祖母と話をしていて戦争の話になりました。祖母は生まれが長崎なので、原爆のきのこ雲をリアルタイムで目撃しています。山を越えたところに住んでいたので直接被害を受けたわけではないのですが、原爆で体中大やけどをして垂れ下がった皮膚を引きずりながら山を越えてきた人たちの応急処置をしていたそうです。
物心ついたころから何回も繰り返し聞いてきた話なのですっかりあらすじは覚えてしまっているのですが、何回聞いても怖さはぬぐえません。夜寝ていると、玄関をドンドンと叩く音がして、どんな顔をしていたのかわからないような人たちの群れが、家に押しかけてくるのです。その原因が原子爆弾だとわかっている今でも怖いので、何事が起こったのかわからない当時の怖さはもっとすごかったのではないかと想像できます。
しかし祖母は気丈な性格で、苦しそうに助けを求めてきた人々に水となけなしの食料をあげて、救護に当たっていたそうです。広島と長崎に原爆が落ちてから67年。その頃からすれば今当たり前のものがまるで魔法のように思えるのではないでしょうか。これが今から67年後もそのような驚きが起こるかといえば、それは難しいかもしれませんね。どこでもドア並みの発明がなされていたら、現代人でもきっと驚くと思いますが、進化することが当たり前で新しいものの出現に馴れてしまっているような気がします。
なんだか話がずれてしまいましたが、祖母からまた同じ話をきいたので耳にこびりついてしまっていました。最近物忘れが激しくて、1分前に言ったことをもう忘れているような祖母なのですが、昔のことは決してわすれません。特に戦争で経験したことは細かく覚えています。昼間に祖母の話、そして夜に経済ニュースを見たものですから、そのギャップに頭が少々混乱してしまったようです。また今年も、暑い夏が近づいてきますね。
私が高校生の頃、夏休みを利用して民宿でアルバイトをしていました。そこの民宿は糖尿病治療や高血圧治療で人が訪れる温泉があり、地元の人が温泉だけ入りにくるような地域密着の小さな民宿でした。夏休みなので温泉に入りに来る人はそんなにいないだろう、と高校生の私は考えていたのですが、別に温泉に夏も冬もないのです。暑い夏に熱い風呂に入りにくる人だってたくさんいるのです。海も近かったので、昼間は海で海水浴、夜は温泉でゆっくりという観光客で
とてもにぎわっていました。
私は仲のいい友達と3人でアルバイト要員として駆り出されたわけですが、とてもおもしろくて、アルバイト期間の2週間が終わる最後の日には帰りたくないと泣いてしまったのを覚えています。近くの他の旅館にアルバイトに来ていた高校生の男子グループとちょっと仲良くなったりして、夜仕事が終わったあとに海で待ち合わせをして、一緒に花火をしたり海の水を掛け合いっこしたりして、恥ずかしくなるぐらい青い日々を過ごしたものでございます。
こういう時間を二度と戻れない日々、と言うんでしょうね。人間やる気になればいつでも始められる、といいますが、やはりその時その時代でしか見られない感じられない思いってのはあるものです。10代の頃の経験というのは人生の大きな基盤になりますね。大人になってから行ってみたり聞いてみたりすると「なぜあんなに美化していたのか」と思うものもありますが、それでもその一瞬は忘れられないものなんですね。
アルバイトに行っていた民宿の温泉は色んな病気が治ると噂の温泉で、今は何かの都合で廃業されたそうですが結構にぎわっていました。なぜか私たちが背中を流すサービスというのをやっていて(笑)色んなおじいちゃんの背中を流しました・・・。おじいちゃんなのでもう前も隠さないんですよね。プランプランぶらさがった未確認飛行物体に最初は目をそむけたりしてましたが、最後のほうは慣れたもので一瞥くれてやるぐらいまでになりました(笑)
かわいい子には旅をさせよといいますが、旅とまで行かなくてもアルバイトをさせたりボランティアをさせたり、色々その時にしか感じられない思いを体験させてあげるべきだなと今になって思います。今ちょうど腰痛で悩んでいるので、その温泉をふと思い出して書いてみました。
私の斜め前に席がある先輩社員。たまにパソコンに集中しすぎて声をかけても返事をしてくれない時があります。なにをしてるんだろうと思い後ろに回って見てみると、株をリアルタイムで追いかけられるアプリのようなものをじっと見ていました。勤務中ですので上司にばれたら雷では済みません。気を張っているんでしょう、私の後ろからの視線に気づいたらしく「み~た~な~」とにらまれてしまいました。そりゃ見ますよ。見られますよ。今までよくばれなかったもんだと不思議です。
先輩に口止め料としてお昼ごはんをご馳走になることに。近くのとんかつ屋さんで1200円のランチを注文しました。ええ、遠慮はしません。揚げたてのとんかつをほおばりながら、先輩の株談義を聞いていました。私は株のことはさっぱりわからないので、右から左に受け流す感じでしたが、先輩は目をキラキラさせて目標なんかを語ってくれました。
実は先輩は、数年前まで借金でかなり大変な思いをしていました。それも私とあと一人だけが知っているんですが、いつの間にかその話は聞かなくなっていました。そういえば返したという話を聞いてないなあと思っていた矢先だったので、まさか先輩が株をやっている、というか株にお金を出せるようになっているとは思いもしませんでした。
それを先輩に話すと、おばあさまがお亡くなりになられた時に遺産の分割があり、先輩も流れで30万円ほど手にしたそうです。大きな金額ではなかったので、なくなってもいいやと思いデイトレードを始めてみたところ、運良く利益を重ねることができたということ。その利益で借金は返済し、今は大きな賭けはせずにコツコツと中期のトレードを重ねているそうです。
株は投資というかっこいい名前がついていますが、人生が大きく変わる以上、もはやギャンブルと言っていいと私は思います。本当のギャンブルは運だけでは勝てないものです。先輩も今は調子がいいようですが、そのうち大きく落ちるときも来るでしょう。その時にまた元の木阿弥にならないように、気をつけてほしいなと思うと
同時に、せめて職だけは失わないようにまともに仕事してください、と願う後輩なのでした。
会社の同僚がうつになり、最近休職したのですが連絡がまったくとれません。うつで不眠状態が続いていて、夜まったく眠れないとよくぼやいていました。休職よりもすっきり退職して腰をすえて休んだほうがいいんじゃないか、と上司に諭されていましたが、本人は仕事はやめたくなかったようです。日本は年齢が上がるとそれだけ正社員での就職が難しくなります。うちの会社は新卒の入社倍率が割と高い会社のようで、大学卒業から頑張ってきた会社をみすみす離れたくなかったのでしょう。
とはいうものの、何事も命あってこと。まずは自分の体を最優先して考えなくてはいけないと思うのです。会社が退職をすすめるのは本人の体を一番に考えているからであって、別に意地悪をして言っているわけではないのです。しかし最後の方は「自分に有休を使わせるのが嫌なのではないか」と疑心暗鬼になってしまっていました。とても優秀な人でしたので会社としては手放したくない人材です。それはみんな認めていましたし、数少ない信頼できる技術者ということで取引先からも信頼されている人でした。
普段の仕事ぶりもとても真面目で、仕事でのミスはきちんと片がつくまで残って仕事をしていましたし、他の人がしたミスでも「同じグループの自分にも責任がある」といって、残業していました。そういう真面目さはとても評価されていましたが、同時にそういった強すぎる責任感がうつ病の原因になったのでしょう。私は今の仕事が気に入っていますし長く続けたいと思っていますが、さすがに自分の体を差し出してまでやりたいとは思いません。仕事とはそういうものだと思うのですが、やはり人によって「生きがい」になっていることもあるのでしょう。
結局会社も同僚の言い分に納得し、1年間の休職ということにしたのですが連絡が最近とれなくなっています。恐らく電話に出ることもままならないのでは、とみんな心配しています。そんな状態で1年間でうつ病が治るのだろうか、ということもです。無理をして戻ろうと考えず、再就職でもいいと思うのです。むしろ、退職しても同僚のポストはなかなか埋まらないでしょうから、もう一度復帰できる可能性も大いにあるのですから。焦らずゆっくりしてほしいですね。
東京外為為替市場って具体的になんなのか、朝のニュースを見ていてちょっと気になりました。ニュースで証券取引所の様子がうつったりしますが、為替市場自体はここ!という特定の場所じゃないそうですね。外国為替の売買をする場所を総じて名前をつけた、という感じでしょうか。あの様子を見ているととてもじゃないですが、自分には出来ない仕事だなあと思いますね。色んなサインみたいなのが飛び交って、バブル期の映像を見ていると常にごった返しているような印象でしたね。
たくさんの人がいるなかで慌てず冷静に行動できるという時点ですごいなぁ、と思ってしまう私はどうなんでしょう・・・。私個人は大勢人がいると自分の孤独感を強く感じてしまってなんだか泣きたくなってくる性質なので、とても仕事どころではありません。街中を歩いているだけでも、そんな感情に押し流されてしまうことがあります。先日渋谷のスクランブル交差点を渡るときは、発狂しそうになりました(笑)もう人がいすぎて何をどうしたらいいんだーー!という感じです。
恐らく田舎でのんびり暮らしていくほうが性にあっているのでしょうが、いまのところ政令指定都市住まいです。人ごみはできるだけ避けます。裏道裏道に入っていくので、途中で道に迷います(泣)旅行で島根に行ったとき、割と大きな駅の駅前でも人が3人しかいなかった風景をみて、心底うらやましいと思ったりしました。人が嫌いなわけではないんです。人ごみというか、人の群れがいやなんですね。本能的な部分で拒否反応がでてしまうんだと思います。
東京に住んでいた時分がありました。その時は田端、という普通の住宅地に住んでいました。若い頃でしたのでもっと都心に住んでみたいという気持ちもありましたが、下見に行った時にみた中央線の朝のラッシュを見て、あ、無理だな、とすぐに自覚しました。田端も都心部ですが、比較的住宅街なのでとても静かで住みやすいところでしたね。繁華街に出るとしたら池袋か上野、秋葉原あたりでしたが、私が住んでいたときはまだ秋葉原は「昔の秋葉原」でした。今のようにアイドル天国でもメイド天国でも2次元天国でもなく、家電と機械の街だったのです。その頃は好きでしたが、今はもう何か味気ない街になってしまいましたね。
ほんの10年前の話ですが、10年経てばひとつの街ぐらい簡単に変わってしまうものなのですね。
確固たる治療法が確立されていない病気がたくさんありますが、乾癬の治療法も確立されていないらしいですね。アトピーや蕁麻疹といった皮膚病は、原因を突き止めるのが大変だと聞いたことがあります。精神的なことが原因で症状が出てくる部分でもありますから、いくらいい薬を使って治療したとしてもその精神的な原因を消さないかぎり症状が完全に治ることはないんでしょう。恐らくかかっている本人も、自覚がないというパターンが多いのではないでしょうか。
私も10代の頃、全身に蕁麻疹が広がって皮膚科にかかったことがあります。アトピーではないらしく、蕁麻疹用の塗り薬と内服薬をもらって3ヶ月程度通院しましたがまったく改善せず。お医者さんも完全にお手上げ状態で「何か心当たりはないのか」とずっと言われていました。私の中ではまったく自覚はなかったのですが、ちょうど大学受験と家庭の問題が山積していて毎日考えることがたくさんあり、そのせいで自覚する暇がなかったのだと今は思えます。
その話を少しだけお医者さんにすると「恐らくそれが終わらないと蕁麻疹も収まらんわ」と言われ、痒みを抑える薬だけ飲み続けてとにかく時が過ぎるのを待ちました。半年して受験が終わり、家庭内の問題がひと段落すると今までの症状が夢だったように何もなくなってしまいました。蕁麻疹がまったくでなくなり、お医者さんにも「心のストレスが皮膚に出やすいから、これからも気をつけなさい」と言われました。
自分としてはそんなに辛かった自覚はまったくありませんでした。人に話すと「それは大変だったね」と同情されるような事件がたくさんありましたが、渦中のあった身としてはなんというか「夢の中」のような出来事の連続だったんですね。頭では「大したことない」と思っていても、心と体はきっと悲鳴をあげていたんでしょう。
どれだけ医学が進んでも、人間の仕組みは解明しきれるものではないと思うんです。医学が全てではなく、まったく歯が立たない分野だってあるんですよね。お医者さんだけに頼らず薬がなくても自分の体調を維持できるように、普段から気をつけていかないといけないと思った出来事でしたね。
家の近所で「運気を上げる」と噂になっているスポットがありまして、野次馬根性から行ってきてしまいました。歩いて10分程度のところにある普通の神社なんですが、1年ほどまえから運気がどうたらという噂が流れ始めまして、最近では隣町や隣の県からもわざわざ来るぐらいの広がりになっていました。私は平日に行ったのですが、ある一箇所だけかなりの人が集まっていました。小さなお堂の横に池?のような大きさ的にいえばドリフの金だらいぐらいの水たまりがありまして、どうやらそれがいわゆるパワースポットのようなんですね。
私は運気を上げるため、というよりもむしろパワースポットに群がる人たちってどんな風なんだろう、ということに興味がありました。なんていうんでしょうね、目の色が変わるというにはああいうことを言うのか?と申しますか。日本人って割と行儀のいい国民性だと思ってたんですが、パワースポットがとても混雑していたため我先にと割り込もうとする人も結構いたんですね。
パワースポットから受ける恩恵よりも非常識な行動を神様に見られるほうがよっぽど不運に見舞われそうだ、とも思いましたが・・・離れてみていたので対岸の火事でした。割と空いた時間に私もパワースポットの水に触れてきましたが、言うまでもなく普通の水です。というよりも雨水です。。。普通の水よりも汚いのが特徴です。
ここがなぜパワースポットと騒がれるようになったのか、誰か詳しい人はいないかなーと思ってみていると神主さんがたまたまお掃除をされていましたので聞くことに。いつからこんな感じになったのか、神主さんも定かに記憶がないとのことでした。気がつくとなぜか人がよく集まるようになり、お賽銭も増えたので神社としてはありがたい限りだと言っておられました。小さなお堂は、そのあたりの悪いものを沈めておくための結界?のような役割をしているそうです。その隣にある、私が触った水溜りのような池は、もともとはお堂を掃除するための水汲み場みたいなところだったらしいです。
お堂を掃除するのに雨水でいいのか・・・とも思ったのですが、お水を汲んでそこに塩を入れるんだとかなんとか、神主さんもモゴモゴしておられました。その姿が可愛かったのでその場は見逃しましたが・・・ふーん。結局なんでそこがパワースポットになったのかはわからずじまいでしたね。
「ご利益がある」という言葉に世界一弱い民族、それが日本国民だと思いますので、そう思い込むことでいいことがあるならそれはそれでいいのかな~なんて
気楽に考えておりました。
中学生のときからずっと生理不順で、慢性的なこともあり放置する日々が続いていました。先週の新聞記事で子宮筋腫の改善方法や不妊治療の現状をまとめた記事を読んで、そういえば自分はどちらかといえば不妊グループに入るんだよな、という現実を確認してしまいました。
逃げ続けていた、といわれればそうなんだと思います。20代前半はとにかく忙しい日々だったので、生理がないことが逆にラッキーだと思っていたときもありました。最近になって子どもが作れるなら欲しいなぁ、と漠然と考えるようになり、なんとなく不妊という言葉がちらつき始めたのですが。
私の場合は無排卵月経の症状が一番近いように感じます。体温の変化がまるでないのに生理があるのは、排卵が起こっていないということです。3ヶ月間体温が一定だったグラフをみたときはさすがにゾッとしましたが、仕方ありません。ある程度グラフが続いていないと産婦人科にもっていっても「もう少し長くないとわからない」と言って帰されるだけです。
産婦人科の先生ってなんとなく「優しい」イメージがありますが、そんなことありません。特に大々的に広告をうって宣伝している大きな産婦人科なんかは患者数が多すぎて手が回らないのか、対処がとにかく適当。生理不順で悩んでいっても「気にするからですよー」とかいって軽く流されてしまいます。
何年も続いているのに気のせいなわけあるかい、と思いながら診察中に「この病院もだめか。。。」とため息をつくはめになるんですが。
結局、医師ひとりひとりが持っている技術や経験って、それほど大差はないと思うんです。大切なのはどれだけ親身になってくれるか、じゃないでしょうか。生理不順で悩んでます、じゃあピルでも飲んどきますかーって即答されたこともありましたね。診察室入ってものの30秒です。あれには驚きました。
今のところ「ここは任せられる」と感じた産婦人科はありません。妊娠したりしたらそれなりに対処してくれるんでしょうが、不妊のもとである生理不順に関しては軽く考えているお医者さんが多すぎると感じますね。気のせいだと自分で思うなら病院なんてわざわざいきませんからね。。。。
信頼できる病院を探して、根気よく頑張っていこうと思います。
そろそろ弟が結婚、という話が持ち上がっていて最近ちょっと話題が華やかなことが多いのですが。保険の種類とか何が一番合うのかとか、まったくそういったことに疎い弟で、お嫁さんになる人もいい人なんだけどちょっと足りないカンジ・・・と言ったら怒られますが、ま、ふわふわしてるというのかな。いい意味で、
ほんわかとしたお嬢様、といった感じです。大切に育ててもらったんだな、というのはよくわかります。
ということで夫婦になろうという二人がこれからの家計についてはまったくノープラン、ということでそりゃいかんという話になり、うちの兄弟連中が集まって飲みながら話すことになりました。ま、飲むのが9割なのでほとんど話なんかしてないんですが、それでも弟は真剣に頑張ってきいてましたね。
うちの叔父さんが保険会社で働いているので、よくわからないんだったら任せてしまおうかという話になったのですが、それでもある程度中身のことは知っておかないとだめだよね、とそこはみんな満場一致でございました。
保険って入り口はとても簡単で入りやすくなったけれど、その奥はとても深くて、販売してる外交員もあんまりわかってないということが多い。。。保険会社にとったらリスクの背負いすぎもよくないし、お客さんだけに背負わせることもだめ。おいしそうな保険にみせつつ、シビアなところはがっつりとらないと経営というのは成り立っていかないのであります。
ずーーーっと健康でなにごともなく人生を終えることができたら、それこそ保険なんて何の意味もなく、お守り程度の金額で終わることができるのですが。お金は限られているし、弟夫婦にしたって今は共働きでもいつか子どもができたら、奥さんは仕事をやめるわけで。それを考えると、あれもこれもと欲張るわけにもいかないんですよね。
欲しい保障と、本当に必要な保障。難しいラインでございます。それこそ素人はよくわかんないとこですよね。こういう話をしっかり相談できるプロがそばにいたらいいなーと。その前に、自分でも少しは勉強しないといけませんね。